歴史紀行 動物編 1 ‐ 1 南極観測隊 樺太犬 タロ · ジロ
南極観測隊 樺太犬 タロ、ジロ 名古屋市港区ガーデン埠頭 ぼくは普段から歴史記事を投稿していますが、歴史は人のみにあらず、人に身近な犬を含め、動物にも歴史があります。 聖徳太子の愛犬で、人々の言葉を理解したとも言われる〜雪丸 弘法大師 空海が唐の国から連れ帰った 安産犬〜ころころ 源義経の愛馬で、... 続きをみる
歴史好きで、様々な史跡を巡る紀行ブログです。
南極観測隊 樺太犬 タロ、ジロ 名古屋市港区ガーデン埠頭 ぼくは普段から歴史記事を投稿していますが、歴史は人のみにあらず、人に身近な犬を含め、動物にも歴史があります。 聖徳太子の愛犬で、人々の言葉を理解したとも言われる〜雪丸 弘法大師 空海が唐の国から連れ帰った 安産犬〜ころころ 源義経の愛馬で、... 続きをみる
聖徳太子 【厩戸皇子】御像 奈良県桜井市三輪 平等寺 聖徳太子は、飛鳥時代の皇族の1人で、574年 敏達天皇3年、用明天皇の第二皇子として生まれ、后が厩の前で産気づき、太子を出産したため、厩戸皇子(うまやどのおうじ)とも呼ばれます。 聖徳太子の名は、諡名(おくりな)として、逝去後に贈られた名前です... 続きをみる
法隆寺 東院伽藍 夢殿 奈良県 生駒郡 斑鳩町 法隆寺山内 601年、推古天皇9年、 聖徳太子は推古朝の皇居のある飛鳥から、推し奨めようとしていた仏教による新しい国造りのための場所を探しました。 そして飛鳥の村から北西にある斑鳩の里に約束の地を見つけました。 斑鳩の里で下馬した太子は、自らの理想を... 続きをみる
法隆寺 東院伽藍 伝法堂 奈良県 生駒郡 斑鳩町 法隆寺山内 東院伽藍の中で、平屋建ての住宅のような堂が伝法堂です。 それも そのはずで、伝法堂は、奈良時代の聖武天皇の后である橘古那可智(たちばなの こなかち)妃の住居が移築奉納されたものだからです。 東院の過去帳でもある東院資材帳には、瓦葺きの講... 続きをみる
法隆寺 東院 鐘楼 奈良県 生駒郡 斑鳩町 法隆寺山内 ニ階式の東院鐘楼は、下階の部分が袴を穿いたような鐘楼で、袴腰付鐘楼と呼ばれ、中世 鎌倉時代に流行した造りで、東院鐘楼は平安時代後期の1163年 応保3年に建立の記録があり、その最古のものと言われてます。 鐘楼二階に天平時代に鋳造された梵鐘が吊... 続きをみる
法隆寺 東院伽藍 絵殿、舎利殿 奈良県 生駒郡 斑鳩町 法隆寺山内 絵殿(左)、舎利殿(右) 舎利殿 絵殿 馬道(めどう) 絵殿、舎利殿は、東院伽藍、夢殿の北にある伽藍で、檜皮葺の屋根に建物はひとつの伽藍でありながら2つの役割を持ちます。 左の絵殿は名前の通り内部には聖徳太子の生涯一代記を描いた障... 続きをみる
世界遺産 法隆寺 東院伽藍 礼堂 奈良県 生駒郡 斑鳩町 法隆寺山内 東院伽藍 601年 推古9年2月、聖徳太子は斑鳩の地に宮殿を建設します。 宮殿を飛鳥から斑鳩へと移した太子は、伝来して間もない仏教による平和国家の実現へと日夜思案を重ね、身仏の加護を信じ、慈悲を願い、祈りを続けました。 礼堂(ら... 続きをみる
法隆寺 上御堂 奈良県 生駒郡 斑鳩町 法隆寺山内 上御堂は西院伽藍の境内の北、大講堂の背後の高台に建つ御堂で、天武天皇の皇子 舎人(とねり)親王による創建とも伝わります。 平安時代に台風のために2度、倒壊の被害を受け、再建は鎌倉時代末期の1318年 文保2年で、内部は瓦敷きの土間に釈迦如来坐像、... 続きをみる
世界遺産 法隆寺 西大門 奈良県生駒郡 斑鳩町 法隆寺山内 法隆寺 西大門は、世界遺産、国宝の伽藍が多く建つ西院伽藍のさらに西の門で、門の外にはかつて法隆寺伽藍の建築、改築、修繕に従事した宮大工、装飾職人らが住んだ西里の集落があります。 西里の集落 この集落からは、豊臣秀吉に見出され、大坂城や... 続きをみる
法隆寺 東大門 奈良県 生駒郡 斑鳩町 法隆寺 山内 東大門 西院伽藍を抜け、宝物庫である大宝蔵院を越えると東西に通る参道に出ます。 参道を東に向かうと法隆寺 東院です。 東大門は西院と東院とを結ぶ石畳の参道が東西に広がり、西院伽藍の先に西大門、そこから約300メートル東の門です。 東大門築地塀 ... 続きをみる
法隆寺 食堂(じきどう)左と細殿(右) 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 東西に細長い2棟の建物が並ぶのが、食堂と細殿です。 同規模の建物が並び、一組のように接している建物を双堂(ならびどう)といい、奥行きを大きく取る奈良時代の手法です。 食堂は文字通り僧たちの食事の場で、堂内中央に須弥壇(し... 続きをみる
正岡子規 法隆寺句碑 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 〜法隆寺の茶店に憩ひて 柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺〜 聖霊院前の鏡池のほとり、明治後期の俳人、 正岡子規の詠んだ世に有名な法隆寺句碑があります。 風化してしまい、残念ながら句碑も読み取ることも困難です。 俳人 正岡子規 短歌、俳句において、後... 続きをみる
世界遺産 法隆寺 聖霊院 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 金堂、五重塔という西院伽藍の廻廊の東に位置する聖霊院は、平安時代に全国に広まった太子信仰の中心をなす伽藍です。 平安時代の後期、1121年 保安2年、聖徳太子の500年遠忌の前年に先立ち、太子信仰はより高まりをみせたことを受け、法隆寺では東室... 続きをみる
世界遺産 法隆寺 綱封蔵 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 綱封蔵(こうふうぞう)という聞き慣れない名前の由来は、かつては勅命でなけれぱ開くことが出来なかった倉のことです。 綱封蔵は二つの倉が一つの屋根で覆われ、なお中央が吹き抜けで、高床式となった特徴的な建物です。 これは中央部が吹き放しになった「双... 続きをみる
法隆寺 妻室 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 妻室は、中庭を隔てた東室に付属する建物で、本来の名称は〜東室小子房〜といい、現在唯一残る貴重な建物です。 1601年 慶長6年の改築の際に、南北の長さが約3分の2に縮小され、南半分が聖霊院の御供所、北半分が東室の台所にされました。 現在は当初の9房の姿に... 続きをみる
法隆寺 東室 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 東室 法隆寺の僧たちの居住空間は僧房と呼ばれ、747年、天平19年に法隆寺資材帳に記された4つの僧房があり、かつては西院伽藍の廻廊を囲んで東室、西室、北室と3ヶ所ありました。 現在は三経院と棟続きの西室と、廻廊の東側に南北に細長い建物の東室だけが残され、... 続きをみる
世界遺産 法隆寺 三経院 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 三経院は、聖徳太子が撰述したという 勝鬘経(しょうまんぎょう)、 惟摩経(ゆいまきょう)、 法華経(ほけきょう)、 の三経義琉(さんぎょうぎしょ)に因みつけられた名称の僧坊で、内部は三経院と西室とで分けられ、三経院には阿弥陀如来座像が安置され... 続きをみる
世界遺産 法隆寺 西円堂 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 西円堂は法隆寺 西院伽藍の北西の小高い丘に建つ八角の円堂で、屋根の宝珠が特徴です。 創建は聖徳太子の没後で、行基大僧正が堂を造り、本尊の薬師如来坐像を建立したとされています。 行基により建立された御堂は平安時代の1050年 永承5年に破... 続きをみる
世界遺産 法隆寺 経蔵 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 経蔵は大講堂の西院廻廊に接していて、鐘楼と向かい合う位置にあります。 鐘楼と同じ二階建ての楼閣で、飛鳥時代の様式を持つ金堂や五重塔とは異なり、奈良、天平時代の建築様式を顕著にしています。 経蔵は名の通り経典を納めるための建物で、当初は回廊の外に... 続きをみる
世界遺産 法隆寺 鐘楼 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 鐘楼は、中門から大講堂に続く廻廊の両側に建つ閣廊のひとつで、経蔵と対をなす構造です。 飛鳥時代の鐘楼は925年 延長3年の火災で大講堂とともに焼失しましたが、大講堂と廻廊と一緒に再建され、飛鳥時代から残る梵鐘が法要の際には僧たちに時を知らせます... 続きをみる
世界遺産 法隆寺 廻廊 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 向こうに見える人影は法隆寺の僧の列で、この後、大講堂で法要をを行いました。 廻廊から中門の内側、向こうは南大門の方角。 廻廊の中から見た金堂と五重塔 廻廊が陽射しを和らげ、撮影に適しています。 廻廊は中門を基点にして左右に延び、四角に折れ曲... 続きをみる
法隆寺 参道 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 1400年もの古(いにしえ)の歴史を持つ法隆寺。 その中で比較的 新しく整備されたのが参道です。 鎌倉時代の1261年、弘長元年、後嵯峨上皇による法隆寺行幸が決まり、法隆寺の僧たちが対応に追われるのを見ていた村人たちか松を植樹し、門前は整然と並ぶ松の... 続きをみる
世界遺産 法隆寺 中門 奈良県 生駒郡 斑鳩町 法隆寺山内 法隆寺 南大門を潜ると、飛鳥建築の威容な門が目に入ります。 中門(ちゅうもん)です。 南大門が世俗との境界とするなら、中門は1400年続いてきた仏(ほとけ)と現世とを結ぶ境界といえるでしょう。 高欄 1400年前の唐の古式を現代に伝える[... 続きをみる
法隆寺 国宝 南大門 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 法隆寺の玄関にあたる南大門は、平安時代の1031年に造立され、1077年承暦元年に火災焼失。 再建されるも、1435年永享7年 今度は学僧同士による争いが火災に発展したそうです。 この時の再建には4年を要しました。 独特な築地塀が左右に広がる南... 続きをみる
法隆寺 西院〜大講堂 奈良県 生駒郡 斑鳩町 法隆寺 山内 大講堂は、法隆寺のシンボルでもある五重塔と金堂を中門と回廊で取り囲む様に見える大きな堂宇です。 大講堂は、僧が学問を学び、法要を行う場として建立されましたが、平安時代の延長3年(925年)に隣接する鐘楼とともに落雷による火災で焼失しました... 続きをみる
法隆寺 西院〜金堂 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 法隆寺が日本で最初の世界文化遺産に認定された決め手に世界最古の木造建築物だということが挙げられます。 西院の五重塔に並立して建立された金堂は、世界最古の木造建築と言われ、力強い胴張りを持つ柱に連続する曲線による特色のある建築様式が伝わります。 本尊... 続きをみる
世界遺産 法隆寺 法隆寺 西院〜五重塔 奈良県生駒郡 斑鳩町法隆寺 山内 聖徳太子ゆかりの御寺 法隆寺は、生駒山地の山裾に広がる斑鳩(いかるが)の里に推古天皇15年(西暦607年)に建立されたと伝わります。 また、1993年平成5年には、貴重な世界最古の木造建築物として日本で最初の世界文化遺... 続きをみる
用明天皇 御陵 大阪府南河内郡太子町 飛鳥時代前期の第31代の天皇となる用明天皇は、仏教に否定的だった先代の敏達(びだつ)天皇とは違って、積極的に取り入れる天皇でした。 御即位は西暦585年で、 異母兄の敏達天皇の 崩御により皇位につきましたが、即位早々に疱瘡(天然痘)に冒され、 翌々年に崩御しま... 続きをみる
飛鳥寺跡 【安居院】 奈良県高市郡明日香村 飛鳥 飛鳥寺は、大陸から仏教が伝来した西暦538年から半世紀後の西暦588年 崇峻天皇元年に蘇我馬子の手により造営が開始されます。 これは、 聖徳太子が造営を指揮して日本で最初の本格的な官寺として誕生した四天王寺の創建から3年後のことで、今から1400年... 続きをみる
四天王寺 五重塔 大阪市天王寺区四天王寺 推古天皇元年(593年)四天王寺は、今から1400年以上昔に創建した日本初の官寺となります。 遡ること欽明天皇13年(552年)、日本に初めて仏教が伝来すると、その教えに感化された者と否定する者とで別れ始めます。 日本書紀によると、欽明天皇が臣下にもたらさ... 続きをみる
仏教伝来の地碑 奈良県桜井市金屋 初瀬川(大和川)一帯は、古くは第10代崇神天皇が崇敬する大神神社近くに宮殿を置いたことから栄え始め、欽明天皇の代には磯城瑞織宮が置かれたことで交易も盛んとなり、古代末期の大和朝廷の政治と経済の中心地でもありました。 欽明天皇13年(西暦552年頃)の10月、摂津の... 続きをみる
日本武尊命 像 静岡県静岡市清水区馬走 ぼくの住む静岡県には、日本武尊の像が各地に、また伝説も残されています。 日本武尊【やまとたける~倭建命】は、今から1800年以上 昔の天皇~第12代景行天皇の皇子(次男)として生まれました。 古事記では、兄の大碓皇子が景行天皇から寵姫を奪ったことが日本... 続きをみる
大神神社 一ノ鳥居、御神体 三輪山 奈良県桜井市三輪 崇神天皇5年、(紀元前93年~皇紀568年)神託により国中に蔓延した疫病を御諸山(三輪山)に大物主大神を祀ることで退散させた崇神天皇。 御神体を三輪山とする大神神社は、創建が古事記や日本書記に記される日本最古の社(やしろ)とされています。 古事... 続きをみる
伊勢神宮 外宮 一の鳥居 伊勢神宮 外宮~末社 三重県伊勢市豊川町 伊勢神宮 外宮 二の鳥居 伊勢神宮 外宮~風宮 風宮は、農業との関わりが深く、風雨を司る級長戸津命(しなつひこのみこと)と級長戸辺命(しなとべのみこと)を祀り、古来から稲を中心に、農作物が無事に育つようにと祈りが捧げされてきました... 続きをみる
伊勢神宮 内宮~末社 宇治橋 宇治橋は、日常から神聖な世界への架け橋ともいわれ、全長101.8メートル、幅8.42 メートルの純日本風の反り橋で、橋の外と内に架けられた大鳥居は、旧正宮の棟持柱が用いられ、さらに20年後の式年遷宮の際に解体され、鈴鹿の関の追分と、桑名の七里の渡の鳥居に用いられます。... 続きをみる
伊勢神宮 外宮【豊受大神宮】 三重県伊勢市豊川町 伊勢神宮の正式な名称は【神宮】です。 名古屋の熱田神宮、東京の明治神宮など、全国に数々の神宮がありますが、ただ一言で、神宮と呼んで通るのは伊勢神宮のみです。 ただ、私たち庶民からは、(お伊勢さん)と親しみを込めて呼ばれている伊勢神宮は、内宮と外宮に... 続きをみる
伊勢神宮 正宮【内宮、皇大神宮】 三重県 伊勢市宇治館町 伊勢神宮 内宮 由緒 伊勢神宮 内宮(皇大神宮)は、日本国の象徴と仰ぐ天皇の御祖先であられる天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀る社で、その創建から約二千年という歴史を有することから、(日本の心のふるさと)といわれ、日本の総氏神として庶民... 続きをみる
崇神天皇 御陵 奈良県天理市柳本町 初代天皇である神武天皇は、九州 日向国から東征を成し、大和の橿原宮で即位したと伝わりますが、次代の2代綏靖(すいぜい)天皇から9代 開化天皇までは、その実績など記録が無いに等しいため、存在そのものが はっきりせず、欠史八代と呼ばれています。 これが10代の崇神天... 続きをみる
神武天皇 御陵 奈良県橿原市大久保町 神武東征の旅へ 生まれながらにして明達で強い意志の持ち主だったカムヤマトイワレヒコ(後の神武天皇)は、生まれ故郷の日向国(現在の宮崎県地方)を発ち、東征の旅に出ました。 治めるのに相応しい美しい土地が東の地方にあるとされたからです。 兄の五瀬命(イツセノミコト... 続きをみる
橿原神宮 【橿原宮跡】 奈良県橿原市久米町 初代 神武天皇を祀る橿原神宮は、現在の奈良県橿原市久米町の畝傍山の麓に鎮座されました。 祭神は神武天皇と皇后の五十鈴媛命で、江戸幕末期に勃発した近世尊王論により天皇奉祀の社や天皇陵の修繕や保護が唱えられ、次いで政権を担った明治新政府は政権の大本営として天... 続きをみる
神武天皇 像 静岡県焼津市焼津2丁目 焼津神社 古事記や日本書記によると、我が国 日本は、神世七代の最後に生まれたイザナギとイザナミの二柱の神により生み出され、さらに生まれた三貴神の一柱、天照大神(あまてらすおおみかみ)により三種の神器を賜り、孫の瓊々杵命(ににぎのみこと)が地上の日向国、高千穂の... 続きをみる
本日、こちらのブログでも開設させていただきました。 葵 北風です。 よろしくお願いいたします。