歴史紀行 13 飛鳥寺跡 【安居院】

飛鳥寺跡 【安居院】
奈良県高市郡明日香村 飛鳥
飛鳥寺は、大陸から仏教が伝来した西暦538年から半世紀後の西暦588年 崇峻天皇元年に蘇我馬子の手により造営が開始されます。
これは、
聖徳太子が造営を指揮して日本で最初の本格的な官寺として誕生した四天王寺の創建から3年後のことで、今から1400年以上 昔の西暦596年 推古天皇4年のことになります。
飛鳥寺造営に際しては蘇我馬子が持てる権力を使い、大陸から多数の職人や僧侶を招聘し、彼らが指導しました。
蘇我馬子は息子の善徳を寺司(工事責任者)とし、招聘した高句麗の高僧〜慧慈(えじ)と、百済からの高僧〜慧聰(えそう)の二人を住持として住まわせ、布教にも務めました。
その後、聖徳太子(厩戸皇子)は慧慈から強い影響を受け師弟関係となり、太子の仏教への想いはやがて法隆寺の造営へと繋がります。
現在の飛鳥寺は、創建当初のものではなく、落雷や災害により、伽藍は幾度も焼失しました。

安居院最大の見どころは、609年、推古天皇17年 造立とされる飛鳥大仏で、高さ2.75メートルと、東大寺の大仏(盧遮那仏)と比べるもなく小振りですが、口元に微笑みを浮かべた表情は、〜アルカイックスマイル〜と称され、被災の度に焼失を免れ、現代にその姿を残しました。
境内からは、伽藍跡を発掘調査したところ、多数の勾玉や金環など、後期古墳時代の副装品が多数出土したことから、飛鳥寺周辺は古代 日本の古墳文化の地でもあったことが想像できます。
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