歴史紀行 17 橘 寺 (聖徳太子 御誕生地)

橘 寺
奈良県高市郡明日香村 橘
聖徳太子、誕生の地と伝わる橘寺は、太子の父 用明天皇の上宮〜上宮(かみつみや)が置かれていた地で、正式名称を上宮皇院菩提寺といい、その昔、用明、推古、敏達、崇峻の四名の帝の父君であられた欽明天皇の離宮でありました。
太子の母である皇后 穴穂部間人(あなほべのはしひと)が宮中を巡行中に産気付き、厩戸の前で太子を出産されました。
そのため、太子は厩戸皇子〜(うまやどのみこ)とも呼ばれます。

本堂
皇族ゆかりの寺として庇護をうけ、かつては66もの堂宇を誇る大寺院でした。
太子誕生とご成長とともに、伝来した仏教は隆盛を迎えることとなり、また、橘寺の背後にあるミハ山は、古来から神の隠れる山を意味する神奈備(かんなび)として神聖視されてきました。
しかし、1506年、永正3年の戦国時代になると、多武峯の僧兵の手により伽藍は破壊、焼失の憂き目を見ます。
再建が成されたのは、幕末の1864年、元治元年のことで、この年は水戸で天狗党の挙兵、京で池田屋事件、直後に禁門の変(蛤御門の変)、極めつけが英、仏、蘭、米の四カ国による長州に対する馬関戦争の勃発と、世情が大変 不安定な年でした。
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