歴史紀行 55 ‐ 1 高野山 1 大門

高野山
和歌山県 伊都郡 高野町 高野山
高野山は、海抜1000メートルの山上の盆地に弘法大師 空海が真言密教の一大聖地として開創しました。
空海による高野山の発見は、伝説のような逸話に彩られています。
806年 大同元年、唐の長安 青龍寺の恵果阿闍梨に真言密教の正統な後継者として認められ帰国の徒につく際に、真言密教の伽藍建立の地を差し示し給えと手に持っていた三鈷を空中に投げ、やがて帰国した空海が三鈷の行方を探して大和の国の西(現在の奈良県五條市付近)へ来た際に、二匹の犬を伴った異相の猟師に出会い、さらに猟師の犬が空海を導く様に紀の川を越え、険しい山中へと案内します。
すると、山中で一人の女性に出会います。
女性は、【私はこの山の主です。あなたに協力しましょう。】と空海を導くと、険しい山を抜けると、忽然と台地が広がり、一本の松の枝に、かつて空海が投げた三鈷が掛かっていました。
空海は、この地こそ 真言密教に相応しい地であると確信し、生涯を賭けて山を開くと誓いました。
この逸話は、空海の高野尋入事(こうやじんにゅうのこと)と三鈷宝剣事(さんこほうけんのこと)によって、高野大師行状図画に記されています。

大門
大門は、高野山の総門で、いわば結界の役割を果たしています。
高野山開創当時は、現在の大門の位置より下った九折谷(つづらおりだに)に一基の鳥居があるのみでした。

火事や落雷で焼失が相次ぎ、江戸時代中期の1705年 宝永2年に高さ約25メートル、梁間7.9メートルの堂々とした姿に再建されました。

金剛力士立像 阿形

金剛力士立像 吽形
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