日本歴史紀行

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歴史紀行 55 ‐ 30 高野山 30  奥の院 弘法大師御廟

葵 北風



高野山 奥の院 弘法大師御廟



和歌山県伊都郡高野町 高野山





835年 承和2年 正月、京での宮中の後七日御修法(みしほ)や公式行事を終えた弘法大師 空海は2月に高野山に帰った後に、食事を絶って坐禅三昧の日々を送ります。



3月15日、空海は弟子達を集め、21日に入定すると予言し、真言宗信徒が守るべき25ヶ条からなる遺告(ゆいごう)を遺しました。



身を浄めて浄衣に着替え、大日如来の定印を結び、真言を唱えながら結跏趺坐(けっかふざ)

のまま、835年 承和2年、3月21日 寅の刻(午前3~5時)、弘法大師 空海は自らが開いた高野山で入定されました。



大師入定後、弟子達は灯籠堂地下の御岩窟に身を収め、地上に御廟を建立しました。


86年後の921年 延喜21年、醍醐天皇より、弘法大師の諡号(しごう)が贈られました。



大師は瞑想の状態にあるとされ、入定から1200年近く経ちますが、現在も弟子達により給仕され続けています。