日本歴史紀行

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歴史紀行 55 ‐ 12 高野山 12  壇上伽藍 三昧堂

葵 北風



高野山 壇上伽藍 三昧堂


和歌山県伊都郡高野町 高野山



壇上で一番小さな堂宇の三昧堂は928年 延長6年、金剛峯寺 座主、済高大僧正が金剛界大日如来を本尊として壇下に創建しました。


この堂内で修行三昧だったことから三昧堂という名が付いたとも言われてます。





1177年 安元3年、西行が壇上に移しました。

堂前には、記念に西行が植えたという桜があります。




三昧堂

高野山 第6代目座主・済高(さいこう)が929年(延長7年)に壇上伽藍に創建した堂で、三昧堂は総持院境内に初めて創建されました。



後に壇上伽藍に移されたもの。済高座主はこの堂で理趣経を中心とした密教立(みつきようだて)の法要〜理趣三昧(りしゅざんまい)を行なったため、三昧堂と呼ばれるようになったとか。



壇上伽藍への移築にかかわったのが平安時代末期の僧・西行(さいぎょう)とも伝えられ、三昧堂の前の桜は、西行手植えの桜として、西行桜と呼ばれています(現存する西行桜は数代後のものです)。



『山家集』によれば、西行は1149年(久安4年)頃、32歳の時に、高野山に入山し、1177年(治承元年)、伊勢の二見浦に庵を結ぶ晩年まで高野山を中心に過ごしました。



現存する建物は江戸時代の1816年(文化13年)に再建されたものです。