歴史 今日の出来事 元徳3年/元弘元年9月11日(1331年10月13日) 楠木正成 挙兵

楠木正成 公像
東京都千代田区 皇居外苑
後に鎌倉幕府を滅亡させて後醍醐天皇による王政復古を実現させた建武の新政…
一度ならず二度、後醍醐天皇のために立ち上がり、千早城の戦い、赤坂城の戦いにおいて幕府軍の大軍を相手に翻弄させ、この戦いに触発された関東の留守を守っていた新田義貞を中心とした鎌倉武士が幕府打倒に転じました。
元徳3年/元弘元年9月11日…
楠木正成は、鎌倉時代末期に幕府打倒を掲げて挙兵した後醍醐天皇に呼応して自らも立ち上がり、河内の金剛山に連なる千早、赤阪に山城を築いて討伐に出兵してきた幕府軍の大軍を迎え撃ちました。
数十万と言われる幕府軍に楠木軍は、岩石、大木、を投げ落とし、それに糞尿を浴びせるといった従来の戦にはない奇策で散々翻弄し、取り囲んだ幕府軍が攻略出来ないうちに切り札として派遣した足利尊氏が反旗を翻して都の拠点である六波羅を攻め落とし、さらには上野の新田義貞が東国の武将らをまとめ上げて鎌倉幕府打倒を叫んで挙兵して鎌倉幕府の本拠地、鎌倉を攻めて滅ぼしました。
楠木正成は、建武の新政といわれる政変に大いに貢献し、後に足利尊氏が後醍醐天皇と対立した際も一貫して後醍醐天皇の側につき、大軍勢を擁した足利尊氏と戦い、湊川で力尽きました。
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